何故ロシア人(?)が俺を脅すのかについての自分なりの考え

突然ですが、かつて私が行った社会人大学では、日本は平和憲法アメリカにより授かった、と聴いた。これが私は理解に苦しむ講義で、それについて尋ねるのも嫌でした。「なんか俺が感じていることと違うんだよね。もちろん感謝はしているけど。」と思っていた。それによってアジアで一番整備された社会保障制度があるのは分るのだが、でもアメリカ人は日本人を一番からかうけどね、と思っていた。

 

そんな私の考えを以下に述べます。

 

平和憲法の意味するところとは、ずばり、「攻撃」と「防御」を分離する、と言うことにあるのでは無いか?

 

常日頃、私が思うのは、「防御」のみなのが、この国であると言うこと。「専守防衛」と言われているが、私のような精神病患者になってしまった人間からは、どうして、こう、時々、頼りないのか?と、近年は憤慨するが、これで大体はうまく廻っていて、むしろ他人からすると私がおかしいらしい。

 

「防御」のみの国では、平和がすべてなので、攻撃的な人は除外される。そして文化に経済に花が開くはずなのだが、私は何故か除外されています(笑)。それも普通の人と価値観が異なってしまう原因かも知れません。

 

まぁ、素人考えでは、おそらく、通常兵器を超えるスピードと破壊力の攻撃が加えられると、この「防御」はまったく成立しません。おそらくどこの国でもそうだろうけど。

 

例えば、ロフテッド軌道の水爆とかもそうでした。

(後、ロシアの領空侵犯。中国の軍艦。)

 

こうなると、「攻撃は最大の防御なり」や、「力の均衡論」が正しいとなる。特に大国間においては。もはや原発など、あっても無くても、核をもてないのなら、あるいは核以上のスーパー兵器がもてないのなら、結局、危険は常だとなって来るはずだ。

 

しかし、未だにこれが変わらないのは何故なのか?

 

おそらく、もしかしたら、これはかつて統合失調症とされている私の妄想に過ぎないので注意が必要な類の話に過ぎませんが、「防御」一本やりに見えるこの国では、欠落してしまったかのような「攻撃」が、例えば、仮に隣の北朝鮮などが担っているロールなのだと考えてみると、アジア全体が未だにコミンテルン的な存在に支配されていて、その一角に過ぎないからではないのか?

 

それで騙されているのは、結局、何も知らない日本人だけなのか?

 

かつて白人(イギリス人)に逆らった日本人を永久に国際社会から隔離する為の憲法なのか?

(イケスに閉じ込めてしまう為の専守防衛で、それで攻撃と防御が分離された???)

 

ということを最近は考えています。ロシア人的な者達が居るぞと言うプレッシャーが私の周囲で耐えないのをずっと何故なのか考えていたら、もう、そうなって来るしか無いだろう。そう言う推理も成立する余地がある。だから、私は、25年以上も周囲と遅れている知識があったりしてトンチンカンなのか?と、そう考えているのです。

 

まぁ、近頃、周囲の人間が韓国系の顔がやっぱり多いのに気がつき始めました。そう言う意味でも、そんな感じかも知れないと言うことです。第二次世界大戦期の日本の価値観を考えると、日本人のグローバル・スタンダードなんて絶対嫌だ、って人の方が本当に多いかもしれないのです。

 

(俺があまり定かでない仮定の話で、単なる推理に過ぎないような曖昧な、朝鮮半島の悪口ばかり何年間もずっと言うから、いい加減、そんな風な人々が集まってきたのか?)

 

いや、悪気は無いが、周囲の嫌な雑言の原因がどうもその辺じゃないかと言う解釈を誘うテレビやネット上の読み物が結構あったのでつい。