逆さパンダ飼育員との日常

さて、話を・・・人生も暮れなずみ始める出入り鼻の・・・いつもの文明論的な観念飛翔に戻しますと、近日は、バイリンガル者の特長について脳科学的見地からの考察をどこかで読んで考えていたことなどに興味が移っています。

 

外国語の使用により脳がより発達すると言えるのなら、では、格変化や敬語の使用にこだわるのは、むしろ当然のことで、実は、すでに逸脱行為のある私に能力的制限をかけるために、そんな話をチラつかせていたのか?などと、推理します。

 

まぁ、そうであれば、小学生の頃などの「文章を書かせないイジメ」が何故か理解できますね。(あれはナチスの愚行を繰り返させない為の意志では無かったのか?!)

 

すると、私なりに考えていくと、様々なもので、この早期バイリンガル教育の施しによる脳機能変化に相当する日本人特有なものが、実は一般の母語しか使わない人にもあると言える気がして来たという話。

 

例えば、縦書き文化受容者と横書き文化受容者の違いみたいなものはどうか?

 

アメリカ人も書道のような抽象画を書く人は居ますね。うーぬ。今、参考例が無いけれど、東洋では7,8世紀から水墨画が結構良い感じだなぁ、と思っていたりする私ですが、掛け軸の場合など、見ているとあの右下の印鑑!どれもありますね。

 

これはまぁ、すなわちながら、この朱肉の印章(印鑑)の依拠するところ、つまりは「書字の空間」であろうと思うのだけど、絵画的な「奥行きの空間」と、バイモードになっている証拠だ。平面性と3D感の妥協点、一致点が究極である様な達観がそこに確かに存在している。これぞ東洋の慧眼。その真髄。誰も疑わない一つの到達点。こうした線描画は磨かれてやがて10世紀以降(?)とかのイスラムの彩色画にも繋がって行く。

 

あるいは教科書通りに、パノフスキー的な方向へと進んで、ルネッサンス期以降の一点透視図法から始まる魑魅魍魎の跋扈する阿鼻叫喚の地獄図絵と、そこに観音様の後光のように展開する脳内●●●活動(養老 孟司)を見ても良いわけですが、まぁ、この印鑑の位置決めで、縦書き文字の視界なのか、横書き文字の視界なのか?的なことが言えるのじゃないか?

 

もし、印鑑を一箇所打つのなら、この絵の場合、左下か?右下か?程度の分析でも、結構、縦書き文化受容者の構図か否か?くらい分るんだなぁ。

 

そうなると私なんかは外国人の真似をしても、縦書き文化受容者の構図だよね。pixivに上げたのとか。

 

まぁ、これは一概には言えなくて、西洋絵画の名画でも左下が良いなぁ、と言うものはある。まだ更に考察すべきだろうが、もういいや。とにかく、我々は、なんだか見方が一体化してるじゃんかよ!(あれれ?養老 孟司の近日刊行の書誌データの話と逆?読んでないけど。)

 

さても頭の中の処理系はどうなっているのか?アインシュタインの脳の特長などどこかで読んでいると、あちらの人の一部の脳が、そんな感じであんな感じで、もしかして左右脳のつながりが速い?となると、もう、ねぇ。

 

奇形脳と言えばそれまでだけど。

 

アラン・チューリングだって、チューリングマシンと言う思考実験を思いつくのは、もしかしてホモだから、女性化脳で脳重が軽いのに悩んでいた無意識の反映だろうか?

 

俺の神経も皆と同じロジックなんだよ~!!!ってね。

 

今でこそ、女性の脳は、独特の能力的な進化があるとかサイエンス・ゼロか何かでやっていたけど、かつての戦争中だなんてねぇ。それもホモ男性となると。

 

あの天才が脳重軽いって?もしかして細胞数が少ない悩みのある人類なんか?ってね。

 

やっぱり欧州人は、一部が脳の細胞数が少なめの遺伝の人が居て、それでそう言う人も社会参加させているしわ寄せが、アジアでの精神科の待遇差別なのじゃないか?

 

例えば俺をいつまでも苦しめる奴らについて言えば。

 

とか、やっぱりこう、飛躍しすぎる嫌いがあっても、それは別に周囲の野次に対する怒りがもたらす思考の結果であって、別段、当人的には差別じゃなくて指摘なのだけど。

 

考えてみたら、あれ?この話、すでに昭和に聴いているわ。みたいな(笑)。

 

いや、眼がショボショボする。ここ数日、雨を浴びて歩いているのだけど、半日もそうしながら、びしょびしょだとやばいね。オリンピック前で建築ラッシュだからだろうけど。眼が疲れる。埃かな?局所的光化学スモッグもあり得るが、雨だ。

 

さても、世間は静かになったとは言え、稀に街路で飛びもする野次は特徴があって、例えばシツコイのだけど、かの岸田秀についてのブログを色々読んでいると、「自己嫌悪」がいけないらしくて、考えたらこの野次主達は、自分を疑うこと、自分の落ち度、などは一切追及しない。常に、「許さない!」と言って、「すべてお前が悪い式」が特徴だ。

 

そしておっ被せるように、こちらの一挙手一刀足に対し、「わかった?」と自分が教えたふりまでして来る。

 

うざって。

 

アメリカ人は、20年たっても、30年たっても、コカコーラの中身のように、軽薄で得体が知れないね。未だに正体を隠すそのやり方は、逆さパンダ飼育員。現地人には数分以上姿を晒すな式(?)。もちろん、冗談だけど、私にはそれくらい縁が無くて気味が悪いのが外国人や米国人の派閥ですね。

 

一神教の怒りのふりをして、勝手に選別か何かしているだけだね。アメリカ人の野次は特に知性が無くてげんなりするね。本当に脳細胞少ない奴に言わせていないかなぁ?と疑い始めました。

 

飲酒文化の奴らだものね。アルコールは水溶性とは言え、大量になると細胞膜などを溶かすことはあり得て、いっつも浸っている箇所の筆頭としては、味蕾細胞のある舌そのものなど、どうなのか?

 

アメリカの食べ物は、良いものばかりとは言え、意外に味覚にアバウトだったりするんじゃないの?そう言う人が共存してて、火花散ることがあるんじゃないの?

 

私自身は赤いインディアン風のスポーツ選手を時々ずっとメディアで見ているだけなんだね。

 

本当に、免疫系が弱めな肌が白い人のスポーツはあんまり見ていないんだよ。酒飲むし、なんかね。すぐ白人の真似をするとレッテルを貼られたこともあるが、意味が分からないね。嫌なラベリングだ。

 

結局、精神病も、細胞数や皺の深さなどじゃないのかなぁ?と思いたくなるね。それで治る人と治らない人が居る?