尾形光琳も知っていた?(障害をお持ちの方は胸糞注意)

夢の中で声を聞くと目を覚まされて夢見を始める。そう言う神経撹乱としての皮膚などへの音声送信はあってもおかしくないという話はしたが、もしかすると中枢神経系がダメージを受ける恐れがあるとは言え、今のところ多くは夢見程度で済んでいる。

 

これが以前に話題にしたように「副交感神経モード」かと言えば厳密には異なっていて、頭だけが起きている状態なのかもしれないが、ともかくもどちらかと言えば胃は働いたりしていて、やはり寝ているような、身体全体の傾向としては、みなし「副交感神経モード」に近いと思うのだけど、どうだろう。

 

さて、今そのことの正確性や医学的な信憑性やを問われても、準備がないので話題に出来ない。申し訳ありません。あしからず。

 

問題は、ここ2,3日、夢の中を中心として繰り返される、時に白昼夢的に、日常、脳裏でかすかに聴いているのか、いないのか、定かでない程度に浮かべていることもあるとは言え、非常に気になっている私のごくごく個人的な妄念について話題にしたいのです。

 

この話が長年の私の悩みだったので、世の中の人にぜひとも問うて事の真相を教えてもらいたいと言う気持ちではあるが、そこまでは要求しない。そこまで馬鹿でもないので。ただ、人生の昼日中をかなり過ぎた自分としては、遅ればせながら、そろそろ人並みに物事が見え始めていて、嫌味の一つでも書いてやろうと言う天邪鬼な気持ちは、抑えきれないのが正直な所である。

 

そろそろ神経遮断薬の足枷が解けて来ると、世間のイジメが何か分り始めたのだ。

 

何でもエライ学者の話では、ここは傀儡国家であるそうだ。敵勢力はほぼ半植民地と考えている。地理環境や人口規模など、諸々、それぞれの国家はそれぞれ条件が異なるのだから、皆、同じような国家の体を成してなくても良い。そう言う考え方からすると、それが国力そのものと言うことでしか無いのだろうか。つまり、植民地であるとしても植民地化から解放されて豊かになれる保証も到底ない。何しろ、労働において労災と雇用保険(私はつかないが)が同時につくアジアの国は、一体、他にどれだけあるのか?と言うくらい過酷な世界情勢で、そのような観点からは、絶対に社会主義国を支持してはいけないのである。

 

しかし、傀儡国家や半植民地の真価は、それが真綿の様に一般人を苦しめ、疑うことも知らないうちに殺される者すらいるかも知れないと言うことにある。例えば、それは「男女同権」にこそ表れる。私なりに言うと、ずばり、「男女同権」は、エスニックの下層民をマフィア等が虐める為に存在するのである。

 

「知能」は、普通、あらゆる目的の実現可能な手段をともなって形成される。体力か、もしくは、金で欲しいものをすぐ手に入れるため、買い叩く為の大枚貯金。いわゆる「知能」は、普通、インターフェイスや実環境とセットで構築されていて、それ単体で存在する純粋抽象的な「知能」はこの世に存在しない。

 

また、人間は、社会集団に存在している以上、社会集団での位置づけが実質的な自由度を決めている。この自由度が本当の「知能」の「のびしろ」である。だから、単に裕福で無駄飯を喰い部屋に閉じこもってネットを見ているだけではダメなのだ。

 

最低限、同時に筋トレもするくらい活発でないと、女にも負ける。女に負ける程度であれば、中華料理のフライパンはおろか、地中海料理のための安価なコーティングされた薄くて幅の広いフライパンも片手で持って廻せないだろう。

 

であれば、水っぽい煮しめた料理になるだろう。そう言う調理法もあるから、例えば和食にすれば良いが、いつもそれでは、筋肉はつかない。趣味人の独身男性がたまにソテーを作ろうとすると、大概、野菜の煮浸しにしかならないのに気がついて、笑う人と笑わない人がいる。

 

笑わない人は、舐められる。

 

あ、こいつは料理はおろか、男女の体力差まで分らないのかな?と。そこまで嫌味な人もどれだけ居るか分らないと思うかも知れないが、私の年齢なら、そろそろ、それが当たり前になって来る。もし、「俺はこの仕事をやって来た」と言えるものが無ければ無いほど。ナスや菜っ葉を入れて炒めれば、必ず水が出るからこれは別に炒める、と何度でもフライパンをササラで洗うような人にならなければ、野菜炒めは旨くない。高温油で調理するのが健康上気になるなら、尚更、炒め物は捨ててマリネにするべきだ。

 

しかし、高温油で炒めた野菜ソテーは格別で、オリーブオイル調理ではこうはならない、と稀に中華料理を見て思うものである。男なら仕上がるまでフライパンを左手で廻し続け、最悪、普通の家庭用の26センチ程度なら、手首のスナップで1秒間に1回返し続ける余裕さえも欲しいと思うものである。

 

やっぱり、菜種油や米油、そして、えごま油、などはカラッとした高温調理に向いていて、例え「統合失調症」は「サラダオイル」が原因の一角だという学説があっても、無視しているのはその為だ。結局、オーガニックで無い限りは、例えイタリア製であっても保存料として身体に危ない成分を若干ながら添加しないとならないかも知れないので。

 

さて、それで、私の夢見というのか、音声送信と言うべきものの内容は、「元禄時代の昔から女が役に立たないのは分りきっていて、西欧は、むしろ、そうであるからこそ逆に女を完全に騙して調子に乗せることで面白い社会を造っているのだ。こっちはそれに文句を言うことすらも諦めた社会なのだ。だからそれを理解しているとホモや変態は恥なのだ」、と言うことであった。

 

これはどう解釈すればよい妄念なのだろうか?

 

尾形光琳の時代からとは。

 

考えてみれば、最初から肉体労働を除外されている女が、どうしてここまで偉くなったのだろうか?人生最後に女に復讐されるとは、なんだかそうそう納得がいかない。

 

あれ程までに職階の高い女性もいると信じていた自分が、ただの馬鹿に過ぎなくて、将来は実社会から隔離する目的で、そのような「男女同権」の価値観でモルモット化されていたに過ぎないと分かった時の怒りと言うものは、建築現場作業員に、直接、怒鳴り散らすことを考えるのが当たり前になる程である。それを想定して強くならなければ、もはや生存が危ないレベルなのが実際なのだ。野次がそこから飛ぶ限り。

 

この世の中に専門化していない職業は無い。それは建築現場もそうだ。もし、何も準備が無ければ、また、身体に故障でもあれば、はつり解体、足場を組む作業、掃き掃除、このいずれかの仕事の隅っこで手伝ってろと言うことでしか無い。

 

フォークリフトだとかユンボだとか、危険物取り扱いだとか、ガス気密室の点検だとか、無線などなど、何も資格を取らないで働くということは、中高年にもなると、まずあり得ない。それはヤクザの凌ぎレベルの過酷さだ。空手家くらい体力があれば一年通して通勤できるかも知れ無いが、もと精神病患者だとか、美術系学生には、ほぼ無理な相談だ。

 

 

美術系なんて、ごくごく稀に料理人になる人もいるそうだが、美術は捨てる覚悟だろうし、そもそも健常者でも絵画科の学生にフライパンの重みを片手で廻せる人がそんなに居ない。彫刻科なら体力は別かも知れないが、あんまり見たこと無いので。

 

もう、私の提唱した「両義性の王国仮説(仮題)」を読んでいる人は、この異常さが了承できると思う。あるいは、そう言うカブキと言うことだね、と。そこからもう一歩だけ進めて見ると、私なりに言わせれば、ずばり、日本は「障碍者国家(※)」になろうとしているのである。

 

「高齢社会」「ロボット技術大国」「オカマ国家ジャパン(クールジャパン以降)」は纏めるとすると、「障碍者国家(※)」という事である。

 

あの西欧に逆らう日本が遂に「障碍者国家」になり下がり(失礼)、中国人にいじめられる時が来た、と言うわけである。おなじ「障碍者国家」レベルの高齢化を迎える先進国と言えば、例えばイタリアであるが、ここはバチカン市国を内部に抱えるEU憲法発布の場所でもあって、何か他に大丈夫な理由と言うものを考えた方が良いだろうと思ってしまう。

 

あなたは、この驚愕の未来を前に、「漢字奴隷」路線で歩むつもりなのですか?

(2000年期に一度のポールシフトはまだ起きていない。同性愛者や性同一性障害は、この両義性の王国においては宗主国マフィアの派閥のカブキだろうかねぇ?この人々はすなわち「障碍者」ではないといわれているけど、入浴中の音声送信では「実質は障碍者なのが本当」とありましたよ。それはもう、1dbもないくらいで、妄想かも知れないけど。)

 

 ※障碍者を馬鹿にしている分けではありません。ただ、国民全員が障碍者であれば、それは立ち行かないので、それは困るよね、と言う例えです。