EBE-3の動画を見た感想とか

宇宙に満ちている素粒子をビーム化することで、宇宙開闢X秒後の世界が理解できると言うのは、つまり、X線ブラックホールを突き抜けているようなことである。

 

 

2枚の合わせ鏡。普段はお互いに平行に位置し、そこには何ら脈絡がない。しかも、お互いがお互いを写し得たとしても、それらは互いに過去の光でしかない。

 

この人間と言う存在は、複数の感覚情報の大小様々なモンタージュ、周期の遅れた万華鏡世界に住んでいる。

 

そして宇宙。赤方偏移を起した過去の光を我々は見ている。宇宙の鏡から我々の鏡までの乖離を説明できるストーリーを我々は長い間探してきている。

 

それは歴史時代には、宗教的な神であった。

 

しかし、それでは、反対方向、我々の鏡から宇宙の鏡までのストーリーが弱いと、我々は、日々、感じている。例えて言えば、それはNASAと言えばアメリカ人だとすぐ分るような事情である。

 

そこで、我々はパレートのような政治学者はこりごりなので、民主主義にまだ一応しがみ付いて期待している。「引越し脳」や「代替回路」だらけの自分が「ボトムアップ」などという言う言葉を主張するのはおこがましいので、「汚れちまった悲しみ」的にインターネットに噛付いているのである。

 

鏡の向こうには何があるのだろうか?

(我々は後いくつ意味の連環を越えて広大無辺な宇宙を彷徨えば、ホワイトホールへ抜けていくのだろうか?)

 

重力はこの宇宙の膜の振動を意味しているのだろうか?

(量子揺らぎのサイズでは、量子次元の壁に遮られる?行ける宇宙もその界隈まで?)

 

 

始まりもなければ終わりもないこの宇宙で、生ある限り我々は永遠に考え続ける宿命だ。

(カルトの支配する東京では、もしかすると一度でも敵勢力に数え上げられたら知能的に温和な性向でなければ子孫や家庭を設けることを期待されないかのようだ。残念ながら私は闘争的なので家庭を設けられなかった。おそらくIQの高い家庭は限られているかアメリカ人の派閥だけだろうと思う。そう言う疎外された存在も、社会的に孤立するので、死ぬまで考え続ける覚悟をしないと、負け続けるのみだ。)