非倭人的な都会で

数日前より耳が遠くなってから幻聴がまた再びほぼ聴こえない状態になりました。

耳が回復してくるとまた幻聴にフォーカスする神経が発達する可能性もあります。もう、そんなことを3~4回経験した。

 

何か本当にそんなイメージや実感です。

 

いや、しかし、しばらくは、意識の前面の音しか聴こえない期間が訪れ、音楽のない生活になるなぁ。これは元々の倭人だラッキー(笑)。

 

原因は、細菌感染も捨てられないが、体調は変化無しなので、おそらくそれ以外の外乱要因だ。もう、特に取り立てて電磁波だとか低周波音による破壊兵器だとか言わないが、楽だね。聴こえないなら聴こえないで。

 

依然、かすかに殺し合いをそそのかす声はあります。ほとんどは漢字で表現すると”死”とか”殺”の文字が入るような会話中の言動で、無作為に周囲を圧迫するタイプのもの。私に言っているとは限らないので気にしないが。

 

しかし、何となく言い返さないと損だと思うときもあって、誰彼にとなく言い返していると、障碍者的なレッテルを貼ろうとする馬鹿モノもいるので困っている。

 

「死ぬよ!」とよく言ってくるのですが、何で俺に聴くのかなぁ?

 

殺すか殺さないかは、あなたの社会性にかかっていて、私の意志じゃありません。

私には興味のないことです。どうしてそんなに主体性のない会話を続けるのですか?

(死のよ!じゃなくて、俺がヤル!でしょう。)

 

もしかすると、北朝鮮の「主体思想」とは、国民に主体性のない全体主義国家で、国家がそれを代表で肩代わりするという意味でしょうか?

 

小学生の頃を思い返すと、東京は朝鮮系が支配しているって分らないとやばいよ、と言う人もいました。どの分野か知らないけど。もし、本当に朝鮮系が支配しているのなら、東京の一部がほとんど主体性を持つことを禁じられた白人の為の奴隷労働力となるべくした人間を提供するカルト教団の線が疑えます。そうしたメンタリティーに傾斜し易いと疑うべきだ。

 

おそらく、こう言う人々の勤労精神や集団主義に対して右翼思想や自主憲法制定風な軍事的思想から描かれた日本の姿を重ねて見ていると、カルト教団に取り囲まれて野次などによる人格のスクリーニング・テストをされるかのじゃないかとじゃないかとさえ疑っています。

 

それで、そう言うある意味での底辺的な苦役を率先的に受諾しているカルト教団は、アメリカなどの流行文化を優先的に供給してもらっている可能性はあります。どうしてかと言うと、やはり小学生の頃、例えばですが、カトリックは「愛」を標榜する宗教なので、異性とのペアリングとかマッチングとか、遺伝を管理すると主張する社会集団のようなものだ、との意の事を言っている人がいたので、これは逆に、そのようにカトリックがその人には見えるのと同じくした意味合いの事を自分たちもするべきだと考えている証拠です。あるいは、カトリック系の幼稚園でも出たのかな(笑)。

 

要するに、青春時代に流行文化を身にまとっていれば、変な奴でも下駄を履いた状態になって、いつもより良く見えるのが、嫌だったと言うことでしょう。それを言いたくて、逆らうと青春ないよ、と言うイジメの話が続いたのかも知れない。

 

そもそもそのカルト教団の所属メンバーではなくても、とてつもない金持ちだとか、恵まれた語学の才能でもあれば、自分でその時々の話題の情報くらいは取得できたはず、とも言えるので。

 

まぁ、これとタイミング制御などのホセ・デルガード的な技術で、勝手な交配を阻止している可能性はあります。都市と言うのは。

 

中国では、農村籍と都市籍が交わらない様に、計画的な移住制限などがあり、かつては国際人権条約に抵触する問題だと言われていたようですが、東京の場合は、多少、出身差別と言うべきか、人種差別がある程度はその機能を果たしている。職域や職階によって、そのような偏向を帯び易いし、それが世界的な白人の住む都市の傾向なのだと自覚しないと追い出されるだけと言う可能性をもっと早くに知るべきだった。

 

そろそろ働くふりでもしたいが、何があるんだろう。こんな非倭人的な都会で(笑)。時々、公園などで周辺から「これは見たくない」とか投げつけるようにも言われるし(笑)。偶然かな?