こいつらは米軍の仲間かなぁ???って時もあるね。もうヨイショはしない俺2

それでジャグジーのジェット流でお風呂やプールの水が一気に押せるか?ってことだ。

 

例えばの話、もしうまく川の水が加速されていれば、モーターボートがあろうと無かろうと、吹き出口の現象は、先を搾ったゴムホースに同じと類推できるだろう。

 

それでは、吹き出口よりルートに遡上するほど、川の幅が大きくなっていることになる。あるいは、川幅が大きいのと同じ現象を持ってこないとならないのだ!!!

(もちろんボートでは浮いているので、あまり期待できない。)

 

うーむ。ある程度の上流から勾配を平らに近づけて、せき止めの出口付近まで引っ張って来て、そこから一気に滝を作る!ってのはどうなのかなぁ?

 

(それなら出口付近は凄い勢いでしょう?この場合、滝が搾られたホースの出口だ。)

 

 

そこで、もう一度、ジャグジーの話に戻ると、いくら水のジェットと言えど、対流を作るばかりで、プールの水全体は一時に押せないことに気がつく。すると、おおよそスクリューの面積分の押し出しでは、細いジャグジーのジェットとそう変わらない相対スケールにならないのだろうか?もし、すべてのボートのスクリューを足し合わせてもである。

 

せき止めで流量を調節して、直前ではボートのスクリューで加速する。その結果としてのせき止め以降の吹き出る部分での水の通過量が仮にもし速くても、川の水の全体量は、本当にすべて押し出されているのだろうか?

 

平らに並べられたボートのスクリューで、垂直に数メートル以上(?)落ちてくる川幅分の水流を超えた滝。これを実現できるだろうか?ベニヤ板でドブ川の水を全部さらう様な土木工事を思い浮かべれば、スケール比で言ってもスクリューにその力が無いことは想像がつきそうだが。

 

(やっぱりスクリュー総面積は表層流を形成するか、しないかではないのか?これはどうしても実験が必要だ。)

 

ーーーーーーーーーーーーー続くーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

元々、朝鮮系カルトではないかと目される奴らの集団による野次が、華奢で頭の小さい中・高校生などによるものも、結構、多かったので、反射的に、お前を格上げするのって、ムエタイを絶賛するのと同じじゃん。それなのに何でお前は嫌うの?的なやり取りの応酬の結果、止まらなくなって、私は、”まわし蹴り”の練習の日々、になっていたのである。

 

もう、既に書いたと思うが、私自身も絶対脳重は大戦中のニューギニア高地人と同じくらいであり、頭自体はそれ程大きくない。あまり将棋の藤井何段だとかと変わらなくて更に猛烈に出来が悪すぎたとか背が低めとかだ。多分。

 

そう言う自覚の元に、随分と頭の話はなくなっていたのだった。聴いていると、音声送信や野次はすべて頭の良し悪しに内容が向かうので、どうしても頭のデザインや頭の大きさの話になり易いよう誘導されてきたと見るべきだった。こんな奴は他に何の取り得も無いと思われた可能性がある。しかし、運動してみれば、意外にも身体の丈夫さやダンスKJ法的な発見があったので、認識が大きく変わった。

 

(やっぱりナチス矢追純一が言うとおり、交霊術を時々して宇宙人と交信したのだろうか?)

 

 

 いや、世に言うタイ焼き。山口組(?)の『泳げタイ焼き君』イジメとは、こう言う形で集団で行なわれる時代とは。昔、確かに小学生の頃、こいつはタイ焼きにして道路工事にでも追い込んでやる、と傍で言われたことがある。BIMBO!と罵られたことさえある(笑)。小学3年生の頃だ。もちろん、聞いていないフリをしていたが。

 

またあるいは、中学生の頃、あの全盛期の「松田聖子」を教室で罵ったばかりに、俺の人生は呪われているのかも知れない。2002年前後には、某所で、年齢を重ねた「松田聖子」似の人物を間近で見ることになり、なんと、その人物の更にすぐ脇を制服のブレザーを着た私立高校生二人組みが罵るのさえ見た。ブスじゃん、とか何だとか。おお、これだ。これが「タイ焼き」のやり方なのだ的な「集団ストーカ」。これだったよ。当たり前だが、一般人と芸能人とで、また男性と女性とで、症状の出方がまったく異なるのだ!!!するとあの事態は、さらには当人に自覚を促す為にロールプレイをカルト教団が展開してきた可能性もある!!!どことなく鏡の入れ子である。恐るべしブルース・リー・イジメでもある。

 

ーーーーーーーーー続くーーーーーーーーーーー

 

 ※教室で罵ったのは、”アイドル歌手の「松田聖子」の話”であって、一般人の音楽の好悪の話しに過ぎないです。実際の人物の話じゃないから。もちろん。後で2002年頃見た人物は、本物かも知れない、と思うことにしている。小説蚊が親戚にいたとしても小説を書く人間が友達に唯の一人もいない。そもそも文学の話が出来る友人が子供の頃から一切いない。こう言う現実は、酷く自己卑下に陥りやすい。灯台下暗しとはこのこと。アイドルくらい見たって罰は当たらない。2018/08/03