こいつらは米軍の仲間なのかなぁ???って時もあるね。もう、ヨイショはしない俺。

天と地の間に人間は育まれた。

 

水は低きに流れるがごとく、人の欲望も過ぎたれば、その人の品位を貶める。

 

およそ人の世は、この原理を・・・力学的考察とは、まったく、かけ離れた応用を施して・・・社会を構築している。

 

(これにはその時々の文明の水準に倣った技術上の問題があったと見るべきであろう。)

 

すなわち、これ反対の揺さぶり。反対のテーゼとの離間で、零れ落ちるスズメの子らを先に切り捨てる方法論や解決策である。

 

人間は50年としても、天ぷらを食べる徳川家康は70代を超えた。

 

また、イノシシを喰う薩摩や沖縄の人間にして長寿である。

 

仏教の教えに忠実に四足獣を食べずに生きるのでは、本当に強くなれるか分からないのだ。

(そもそも現代日本人は鯨をあまり食べないではないか。)

 

 

社会の抗力に逆らって生きる力≒自分の食べる量

∴ 自分の筋肉量分の娯楽がある。

 

ーーーーーー野次ってくるヤクザの手先との戦い、そして人生の宿題ーーーーーー

 

水の分子。集団化すると、流れなど無くてもアインシュタインブラウン運動みたいなこともあるし、よく分らないが、仮に一個のボールとすれば、あれ。あれである。”蜂の子”とか言う前に見たどこぞの方の倒れ棒モーメントのゴルフ球の図。そんな集団の玉突きってどう考えれば良いのか?・・・なんと言う量か!!!

 

地形の傾斜にしたがって・・・浮力によって摩擦と絶縁された中心部ほど流れは加速度的に上昇するはずだ。あきらかにここは2階の導関数

 

断面的には、流れの渦がドリル・シャフトの様に、水面を除いた他方へ僅かな遠心力や対流に応じて発散し、また分子の重み分、あるいは、土壌の渇きに応じて・・・常に川底へ向かって吸水が起こり続けていて、上流から下流までの川底の総面積分の吸水による負荷抵抗を川底の砂利などがもたらす抵抗力とは別に計算して足し合わせないとダメなのだろうか?

 

途中経路での水面からの蒸発も相当量ある。また、微弱な反対の抗力を持つノイズは常に岸辺に追い払われるので、その方面の渦の出来方も特長があって中心部とあきらかに異なる小型の渦の集合体である。

 

うーむ。いや、これは、ピサの斜塔の実験に似たことでもあるので、加速度は質量にたがわず一定として平均値で計算してもよいのか?

 

・・・その程度であれば、容積的には、上流から下流までを一個のプールと見立てて加算された水量分の勢いが、地形の傾斜によって、かかり続けていると単純化してよいだろうか?

 

ここまで考えて、ボートは自重分の深さしか水に関係していないとかつて思い至ったのを思い出した。それは表層流にしかならないし、閉じられたダムであれば対流を起すのだ。まったくもって川の水を加速できないだろう。仮に部分的に加速できたとしても、ボートを進めるだけのごく狭いレンジの流量が先のところで全体流に吸収されるだけである。

 

では、水流を加速する筒状の発電機があれば?あれは確か、川の流れを部分的に加速して・・・特許があったでしょう?

 

うーむ、たくさんの川面のボートはあれと同じでしょうかねぇ?まず考えて、入り口と出口で広さが異なれば良いんだが・・・で、あれは効果あったのかねぇ???

 

前方が、せき止めになっていて流量のレンジが異なったのか?そう言う仕組みだったのか?

 

(実験が必要だ!!!これはもしかするとダビンチの実験まで遡って!!!)

 

P.S. あれれ?結論が遠のいた。野次り返すつもりでまた宿題になってしまった。